描くことは祈ること

雨の音を聞きながら、亡くなった息子との過去、してやれなかったことや後悔が思い出されて久しぶりに泣き、夏野菜を育てている畑へ出かけてから、気を取り直してゼンタングルに取り組みました。

最初は私の本『エンジョイゼンタングル』p75に掲載のストリングを使って、チュートリアルにするための経過画像を撮ろうと思ったのですが、どのタイミングで撮るか、など考えだすとインスピレーションが止まってしまうのを感じたので撮影はやめて自由に描くことにしました。

それで正解でした。自由に描いていいよと自分に許可を出すことで、次第にもっと深い色合いにしたい、違う、これじゃない、もっと複雑な色味にしたい、もっともっとと欲が出て、気がついたら午前中の憂鬱は鎮まって、ただただ描くことに熱中していました。そして描きながらまた息子のことを考えましたが、もう感情は揺れず、客観的に、今彼があちらの世界で魂という別の形で存在し、違う形で活動しているのだからそれでいいのだと思えました。感情というのは厄介なものです。揺れると惑わされます。でも感情を捨てて、ロボットのように生きることはできません。感情に付き合いながら生きていくしかないのです。

そしてこの作品が出来上がった時、「レクイエム(鎮魂歌)」という言葉がふと浮かび上がってきました。今まで私は鎮魂歌とは亡くなった人の魂を鎮めるものだと漠然と思っていたのですが、逆でした。この作品を描くことは、悲しみで荒れた私の心の海を鎮めてくれた、私が私のために奏でる鎮魂歌だったのです。

私にとって喪失について語ることは難しい。けれど、絵を描くことは言葉にならない感情や想いを外に出す助けをしてくれる。絵を描くことそのものが私の罪が許されますようにという祈りであり、あの子の魂が安らかでありますようにという祈りです。

私にとってのゼンタングルは祈りです。私はゼンタングルに触れて私にはこれが必要だと思い、どうしても学ぶ必要があると思った。それが2014年私をアメリカのプロビデンスへと旅立たせた原点です。Providenceは天意、あるいはキリスト教の「すべては神の配慮によって起こっている」という意味だそうです。そのことを思うと運命の不思議に打たれます。

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